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中3から始まった通訳の特訓は、通訳技術より内容重視の不思議なレッスンだった。


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By Dr. K. Kinoshita(木下和好): YouCanListen 開発者・同時通訳者・元NHK TV・ラジオ 英語教授

<思いがけないチャンスがやって来た>

私は小6の2学期から英会話のレコードを聴き真似して言うという形で、独学で英語を学び始めたが、中学入学と同時にアメリカ人宣教師と出会い、中学生英会話クラスと成人向けの英会話クラスに参加することにより、英語のリスニングとスピーキングの脳力がハイペースで高まって行った。中2になったころには、日常英会話にあまり困らなくなり、英語を話すことが楽しくてしかたなかった。そのころには宣教師も私に対しては100%英語で語りかけるようになっていた。でももっと英語がうまくなりたいという思いを常に抱いていた。

中学2年が終わろうとしていたある日、宣教師は私がそれまで考えて見たこともないことを言った。”Do you want to be an interpreter?(通訳になりたですか)」と。私はいきなりそんなことを言われたのでビックリした。英語を流暢に話すことが私の目標であったが、「通訳」という言葉は、何だかわからないけれど私をもっと高い所に引き上げてくれるようなイメージとして響いた。それで何のためらいもなく即座に”Yes”と答えた。まだ何も始まっていないのに、通訳ということばを聞いただけでなんだかワクワクした。すると宣教師は「来週から週に一度私の家に来てください」と言った。「来週」とは「中3になったら」という意味だった。

中3になって比較的早く帰宅できるのは水曜日だったので、水曜日には全ての部活を中止し、宣教師の家に通い始めた。

0400|0400|F|TO GO WITH AFP STORY IN GERMAN BY PHILLIPP SAUR German interpreter Alexander Drechsel is pictured on February 18, 2009, during a press conference of European monetary affairs commissioner Joaquin Almunia at the European Commission headquarters in Brussels. AFP PHOTO/DOMINIQUE FAGET

<毎週通うのが楽しみだった>

それからは水曜日が一番楽しい日になった。自転車で宣教師の家に向かう時は、まるでピクニックに出かけるような気分だった。

家に着くとすぐに奥さまが手作りのクッキーと紅茶を出してくれたので、なんとも言えない幸福感を味わった。宣教師の家は同じ清水市にあったが、なんだか毎週アメリカに旅行する気分で、楽しくてしかたなかった。

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<宣教師が私に対してした事>

通訳になるにはどんな訓練を受けるのだろうと期待を膨らませていたが、宣教師はまず私に日英対訳の聖書をプレゼントしてくれた。でも他の教材に関しては何も触れなかったし、通訳訓練の方法や学びの手順の説明もなかった。でも私は宣教師を信じていたので、とにかく言われた通りのことをしようと決心した。

最初に彼がしたことは、日英対訳聖書のある個所を開き、その内容や背景を丁寧に英語で私に解説することだった。私はそれが通訳訓練の第一ステップであると思ったし、その内に通訳テクニックを教えてくれるはずだと期待していた。でも来る週も来る週も、宣教師は聖書の内容や背景の説明だけをし、それ以外何もする気配がなかった。

さすがの私も、通訳の練習はいつ始まるのだろうかと少し不安になって来た。でも露骨に質問したら失礼だと思い、何も言わずに宣教師の解説に耳を傾けた。

学びのやり方や内容が変わらないまま1年が過ぎてしまった。これで本当に通訳になれるのだろうかという疑いの気持ちが少なからず湧いて来た。それでも高校生になったらきっとすごい通訳訓練が始まるだろうという期待感はあった。

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中学3年も終わろうとしていた時、宣教師は突然私に言った。「来週の日曜日に、あなたは私の英語のメッセージを日本語に通訳します」と。私はビックリして「そんなの無理です。まだ一度も通訳の練習をしていませんから」と応えると、彼は「心配いりません。英語の原稿を予め渡しますから、準備の時間は十分ありますよ」と平然とした顔で言った。

 

(高1の体験へと続く)